うらしま太郎が龍宮城にとどまっていた時間は、いったいどのくらいだったのだろう。
たぶん本人は「瞬く間」、ほんの僅かな時間だと思っていたのだろう。
けれども首を長くして帰りを待ちわびる側からすれば、永遠にも感じられる時間の流れだっただろう。
時間というものは、当事者の気持ちによって様々形を変える。
「出掛けるから、もう中に入ってきて!」
家人から声が掛かる。
はいと返事をしながら、春が過ぎ、雑草も目立ちはじめ、新芽は伸びる、花がらも摘まなければならない。
そんなことを思いながら水遣りをしている。
声が掛かってからほんの少しの間、待ってもらうつもりで「もう少し」と作業を続けた。
「すぐと言ったのに入ってこないから子機を持ってきた」
少し不機嫌な顔をして、家人が電話の子機を持って出て来た。
「ああ、ごめん。今、入るところだったから」
言い訳をしながら掃除道具を片付け、家に入る。
「ほんの、ちょっとだけ」
たぶん、うらしま太郎も、そう思ったに違いない。
でも、ついつい時間を過ごしてしまった。
子どもの頃、乙姫様がうらしま太郎に持たせた玉手箱が不思議でならなかった。
何故あんなものを「お土産」として、さも宝箱のように太郎に持たせたのか。
玉手箱さえ持たなかったら太郎は歳をとることもなかったのに、可哀想でならなかった。
亀を助けてくれた恩人にすることかと、なんと乙姫様はむごい人だと思った。
思春期の頃は、あれは女の嫉妬なのかもしれないとも思ったりした。
「毎日愉快に暮らしている龍宮城より、やっぱりあなたは浜辺の村がいいのね。私を置いて行ってしまうのね」
いわば捨てられる者の恨みが、この玉手箱には詰まっていたのだと。
しかし、歳を重ねた今、果たして村に帰ってきたものの、すっかり周りは変わっており、知る辺もおらず、どうやら自分は「僅かな時間」と思っていた龍宮城での時間が、とんでもない長い時間だったのだということを今更ながらに気付く太郎。
周囲とのずれ。
これは大きな苦痛だったことだろう。
辛くて、思い出したように乙姫様から託された玉手箱を開ける。
白い煙に包まれて、太郎はやっと時間を取り戻す。
歳をとること。
それは不幸なことばかりではない。
自分の中に降り積もった「歴史」だ。
太郎は、玉手箱を開けて初めて自分のいのちの歴史を取り戻した。
やはりそれは乙姫様の下さった「宝物」だったのだ。
時間というものは、つくづく不思議なものだ。
瞬く間と思えるときと、ひどく長く感じてしびれを切らすとき。
そのどんな時も、時間は同じように流れている。
同じように流れていく時間の中に自分の歴史をどう刻んでいくことが出来るか、
「瞬く間に」に終わらないうちに、さっさと取りかからねばならない。