5月佛教講話会のご報告
日時 5月27日(土)午後7時
講師 山形・松林寺住職 三部 義道老師
内容 「四無量心」に学ぶ その四「喜」
四無量心とは、無量(数え切れないほど多くの)の人々を幸せな佛の世界に導くための心の作り方を表しています。
心には「慈」「悲」「喜」「捨」という四つの構成する要素があり、「慈」とは楽を与え、「悲」は苦や悲しみから救い、「喜」は喜び、「捨」は平等であろうとする思いです。
「慈悲」という言葉は「慈」と「悲」が合わさって出来た言葉です。
自分の中に確かに存在している慈悲の心も意外に自分自身では気が付かずにいます。
しかし、慈悲も佛性も生まれた後に身に付けるものではなく、生まれた時には既に自分の中に備わっているものなのです。
そのことを「行動」を通して自分で気付いていく。
ボランティア活動を通してということもあれば、日常の何気ない行為の中から気付いていくということもあります。
佛教には無財の七施という教えがあります。
「和顔施(わがんせ)」という笑顔の行為、
「慈眼施(じげんせ)」という慈しみの眼差し、
「愛語施(あいごせ)」という慈しみの言葉を用いること、
「捨身施(しゃしんせ)」身体を動かして人の嫌がること、辛い仕事でもすること、
「心慮施(しんりょせ)」人に心を寄せて、いっしょに悲しんだり喜んだりすること、
「床座施(しょうざせ)」席を譲ること、
「房捨施(ぼうしゃせ)」部屋を貸す、持っているものを貸すこと
実践的に行動することによって、自分の中に隠れていた慈悲の心を発見していくのです。
脳科学者の中野信子先生の『脳科学からみた「祈り」』にミラーニューロンという神経細胞の話が出て来ます。脳内でこの細胞が発火すると、人の悲しみや痛み、喜びがまるで自分のことのように感じられ、共有することが出来る。これは脳科学から見た『同苦』だ―と言われていました。
被災地の映像を見て辛く思ったり、どうにか出来ないかと心を砕いたりすること。
総ての人々の中にある「同苦」「同喜」の思いを自分だけでなく周囲の人々にも拡げていく。
その共に喜び、共に悲しむという行為を繰り返すことが、自分の中に隠れていた慈悲心や佛性を育てていくことに通じていくのです。
コロナになってリモートの場が増えました。
しかしリモートでは、ミラーニューロンも慈悲心も育たない。人と直に接し、交流し、心を通い合わせることによって共感は育まれていくのです。