宅急便を出すとき、送付状を書きながら店員さんに尋ねる。
「今、令和何年、今日は何日でしたっけ?」
「今日は、令和○年○月○日です」
私の両親は、ふたりとも大正時代の生まれだった。
大正から昭和へ時代をまたいでの人生という、その中で、戦前戦後という要素も含まれた両親の人生をひどく長いものに感じていたが、その私が昭和、平成、令和という三つの時代を経験している。
我がことながら驚く。
昭和から平成に変わるときは、どうにか「今」を数えられたが令和に至るようになると、もはや年号では頭がこんがらがって、西暦の方が解りやすくなってしまった。
というわけで、冒頭の「今、何年?」という情けない問い掛けを連発するようになる。
人の名前もなかなか覚えられない。
初めてお逢いして挨拶を交わし、お互い自己紹介をする。
次、ばったりと出会った時、相手はすぐに私の名前を言ってくれるのだが、受けた私は頭の中で必死に記憶のページをめくっている。
以前は初めて会った人の場合、その人の特徴を少しメモすることにしていたけれど、近頃、それを怠っているからかもしれないが、すぐに名前が出てこない。
逆に間違えて名前の漢字を覚えてしまい、その間違いを相手から指摘され、認識し直したはずなのに同じことを何度も繰り返す。記憶が出来ず、忘れっぽいはずなのに一度はっきりと刻まれた脳の記憶は書き直すことがなかなか難しいのだろうか。
私は、記憶力が悪いのだと思うと、情けなくなってため息が出る。
つくづくと、日々の暮らしを顧みてそう思う。
しかし待てよ。
学生時代、紙袋が雨に濡れて急いで駅の改札を通ろうとした途端、袋が破れて荷物が雑踏の中で散乱したという恥ずかしい記憶。
電車待ちの時、横から割り込もうとしたおばあさんを肘を張ってやんわりと阻止したら、空席をみつけ座ろうとした私の後ろから紫色のビニール傘で席を押さえられた瞬間の映像。
そのビニール傘の色、その時の自分の感情まで鮮明に覚えていて、未だに思い出すと、あのビニール傘を手で払って座ってやれば良かった、いやいや、それは余りにも大人げないという思考を未だに繰り返している。
もう何十年も前の話なのに不意にその記憶が蘇る。
惨めだったり、腹が立ったりしたことは、情けないことにいつまでも憶えている。
「忘れようったって忘れられるものじゃない」
芝居の台詞ではないけれど、こういうことは憶えているのだ。
この点から言えば、私は記憶力が悪いわけでもなさそうだ。
では逆に、私が人様に対して取った態度、ぶつけた感情の行方は憶えているのだろうか。
随分経って「あの時、ああ言われて辛かった」
と、人様から言われそうなことも絶対にあったはずだ。
自分ではそう思ってはいなかったけれど、数々暴言を吐いて人を傷つけたり、屈辱を与えることをしているかもしれない。
それなのに一切私は憶えていない。
気が付いてすらいない。
そして、もしその事実を告げられたなら、きっと言うだろう。
「そんなつもりはなかった」と。
人間の記憶というものは勝手なものだ。
言ったことは忘れている。
被害者意識の方が勝り、相手を傷つけたかもしれないという立場の自分は考えてもみない。
その言葉や態度がどのように相手に届くのか、考えもしないで日々感情に押し流されている。
ときどき振り返って、自分の影に向かって問い掛ける。
私は何をしてきた?
そして今、私は何をしているのかと。