図書館に出掛けて書架を探したけれど、自分が借りようとしている本が見つからない。
何度もぐるぐる回った後、諦めてカウンターに設置してあるパソコンで検索することにした。
トップページから自分のパソコンとは違うのでまごつく。
文字の入力方法が分らず、画面をタッチするのかと思い、ポンポンと画面をタッチしていたら図書館員さんに「これは、タッチパネルにはなっていないんですよ」と言われた。
格好悪いので「は、は、は」と無意味な笑い顔で誤魔化し、再び検索を続ける。
出ない、どう入力すれば良いのか、もう諦めるかと思っていたところ、小学生の男の子が声を掛けてきた。
どうやらパソコンの使用を待っていたけれども、使い方にひどく手間取る私の様子を見かねて声を掛けてくれたらしい。
「おばちゃん、僕がやってあげるよ」
「へ?」
ご親切にどうも、と言いながら少しプライドが傷つけられたような、でも「おばあちゃん」と言われなかっただけましかと思い直す。
そして長らくパソコン前を占拠していた私は後退し、小学生に替って間もなく、彼はこともなげに私の目的の本を見つけ出してくれた。
「おばちゃん、これでしょ?」
彼は言った。
あら、まあ、早いこと。
早く本が見つかって良かったはずなのに、嬉しいような、悲しいような複雑な心境。
人生の悲哀と言うには大げさなことだけれども、自分のロートルさを突きつけられたようで淋しくなってしまう。
世の中は急速に変化した。
何もかもネットになり、講演の申し込みもネットで、一部のコンサートでは、チケットも携帯に事前にQRコードを読み込んで、当日紙チケットを持って行くこともない。
進歩が早い社会の流れにまごついているのは私だけではないはずだ。
先日も、姪の子供がパソコンゲームをやっているのを見ていた。
「面白い?」
「面白い」
画面から目を離さず、返事をする。
「ねえ、ねえ、私にも出来るかしら?」
と聞いてみる。
「無理・・・」
短く、断定的な返事が返ってきた。
そして、会話はここで途切れた。