数年前に講座の依頼をしていたにも拘わらず、コロナで出来なかったキムチ作り講座を今年やっと開催した。
白菜キムチを作るということだったので、旧幼稚園園舎を使用すれば出来るだろうと当日は床にブルーシートを敷き、講座開始を待った。
講師は、広島在住の文 晶愛先生とアシスタントの李さん。
初めての講座だったので、この場所で上手くいくか心配でたまらなかったけれど、結果は上々。
愉しく、有意義な時間となった。
今回は婦人会の菩提樹の会、日曜学校のメンバーだけという内々の講座だったけれど、次回は一般に向けて講座を開いても面白いと思ったくらいだ。

講座内容を文先生と相談したときにキムチの他にキンパやナムルもみんなで作ってみるのも良いなあと思ったのだが、まず初めはキムチでしょうという先生のアドバイスで今回の内容が決まった。
塩漬けの白菜は、前日、文先生は仕込んで持ってきて下さった。
この塩漬けの白菜を作るのが結構大変で、何度も白菜のひっくり返しながら万遍なく塩漬けが出来るようにするのだと聞いたことがあったので、さぞかし文先生の前日準備は大変だったろうなと想像した。

糠漬けが日本の文化なら、キムチは韓国の文化。
同じ発酵食品だが、どうやって作っていくのかとても興味あるところだった。
キムチにはアミという小さな海老のようなものが欠かせないものだと思っていたけれど、無くても構わないということで今回は使わなかった。
煮干しと昆布で出汁を取り、「この出汁が大切なのですよ。しっかり濃い出汁を取ることです」と説明されながら作っていく。
餅米粉に韓国唐辛子の粉末、ニンニク、ショウガ、蜂蜜を混ぜ、初めに取った出汁を加えながら調整していく。
色、艶、固さ
「まだ、もう少しお湯を入れましょう。蜂蜜も加えた方がまだ照りが足りないね」
ボールの中で真っ赤な波がうねっている。

その間に塩漬け白菜を切る。
前夜に塩漬けした白菜から、まだ水が出る。
『この水が大事。捨てないで、これでチヂィミを作るのです』
今日は、白菜にニラを合わせて漬ける。
「春にワケギが店先に並び始めると、安いときに買って作るのですよ。わけぎのキムチも最高に美味しいですよ」
と話されながら、目の前のニラを切っていく。
根元の所も捨てないで、叩いて柔らかくしてから漬けるのだという。

1時間半くらいでキムチ作りは終了し、その頃には部屋中ニンニクの香り。
出来上がったキムチは、すぐ食べても美味しいけれど発酵が進むと味も変化してまた別の旨みが出るということだった。残った調味味噌でトッポギもキムチ鍋も出来るので、この冬は楽しみな夕食が多くなると思った。
糠床の臭いとニンニクの匂いとは全く別物だけれど、やはり美味しいものの薫りは食欲をそそる。
人数分に分けた後、試食。
美味い!の一語に尽きる。

キムチを作るという講座だったけれども、作っていく過程で塩漬け白菜を絞った水も捨てないでそれを利用してチヂィミを作るとか、ニラの根元は叩いてから使うと、柔らかくなるし旨みも出るということだったけれど、何もかも無駄にしない姿勢に心から感動した。
『作る』ということの中に食物に対する、いのちに対する尊厳を感じた。
曹洞宗宗祖 道元禅師が「勺底一掬水」という言葉を残され教えの一語にされたが、それも又、柄杓の底に残った一滴の水をも粗末にすることなく大事に扱え、それを怠るようなら修行にはならないと聞いた。

今年もいつの間にか師走を迎え、残りの日々を忙しく過ごす。
もう少し早く取りかかれば良かった。
これを挑戦してみたかった。
やり残したことを数えては、心焦らせている。
日々刻々、今の今を大事に頂きながら、また新しい歳の暮らしを迎えていきたいと思う。