以前ドキュメンタリーで新幹線の食堂車だっただろうか、食事のサービスの苦労話を紹介していた。
今は廃止されたが、初めの頃、新幹線には食堂車があった。
食堂車にいくというのは、とても贅沢で特別なことに感じられ、晴れがましい気持ちで行ったことを憶えている。
アガサクリスティーの小説を読んだとき、食堂車やコンパートメントの場面が出て来て驚いたが、今、自分もその小説のシーンを疑似体験しているような思いがしてドキドキしたものだった。
メニューは和食、洋食両方あったように記憶するが、そのひとつにすき焼き定食というのがあった。
自由席が満員で少しでも座っていたくて、贅沢ではあったが思い切ってすき焼き定食を注文し、糸こんにゃくを1本ずつ食べては景色を眺めという姑息な手段を使って時間稼ぎをしたことが、今となればささやかな自分の中で小市民的笑い話になっている。
ドキュメンタリーでは、食堂車部門を支える人々に特化して苦労話が披露されていた。
その中で驚いたのは、ゼラチンを使った料理のことだ。
新幹線は微妙に振動が続く。
そうすると、その微妙な振動でゼラチンは固まり難くなる。
主菜やデザートを作っていく上で、とても苦労したと開発部門の方が話していた。
液体にゼラチンを入れ、温めて完全に溶けきるまで混ぜて、器に入れ液体が冷めるのを待つ。
温度が下がり、冷めるまで静かに待つ時間、ここがポイントになる。
前菜からデザートまで、様々な料理をおしゃれに仕上げていくゼラチンは重要な食材だ。
食堂車での調理の問題は、この固まる過程で車両の振動がブレーキになるというのだ。
固まらなければ何の役にも立たない。
迅速に注文されたメニューを提供するためにこの点に大変苦労したと担当者の話だった。
コロナ生活も少しずつ緩んでいき、人の動きも活発になって来た。
長い辛抱の期間を過ごし、やっとゴールデンウィークの書き入れ時を迎えられる関係者の方々は今、どんなにか期待と緊張をしておられることだろう。
「おもてなし」を日本のキャッチフレーズに掲げながら、サービス業の人手不足は深刻だと聞く。
どんなところにも厳しさがあり、どんなところにもご苦労がある。
旅をしながら車窓の風景を愉しみ、宿泊先の心地よさを満喫し、旅の食事に舌鼓を打つ。
そんな時、自分の愉しみの時間の為に多くの方々のご苦労があったことを思い出さなければいけない。
「頂きます」「ごちそうさま」
は、そんな事柄を丸ごと頂くことへの感謝の気持ちがこもっているような気がした。